願い

先日の病院で受けた血液検査の結果が送られてきました。
先生から一言「大丈夫ですよ」とお言葉が添えられています。
たった一言ですが、心の底からほっとするんです。
毎回毎回、病院に行くたびに、胸がドキドキします。
そして、この血液検査の結果を見るまで不安は続きます。
こうやって、毎回ほっとできている私とは裏腹に、つらい症状や病と闘っている方の闘病記を拝見すると、涙があふれます。
”転移”とかいう言葉を、しっかりと受け止めて、それでも前向きでいられる強さ。
やせ細っても笑顔を見せてくれる優しさ。
温かい言葉でつづられるブログを読んでいると、彼女の人柄が感じられ、頭の下がる思いです。
自分はどうだろう?って、振り返ってみます。
なかなか、うまくいなかないことが多くて、文句ばかり言っているな。
子ども達にも、ガミガミ小言ばかり言ってしまってるな。
何事にも”感謝”する気持ちを、ついつい忘れてしまっています。
病気になったことで、せっかく再発見できたことを見失わないように、私自身も笑顔で過ごせるように・・・
それから、強くて優しい”彼女”も、痛みが和らぎますように。

虫刺され

今日は久しぶりの病院でした。
触診と血液検査で済んだので、ほんの15分くらいの時間。
上半身裸になり、ベッドに横になり先生に診てもらうんですが、二の腕を虫に刺され、赤く腫れたとこに薬を付けてくださいました。
高々虫刺されと侮る私・・・
先生に、抵抗力が落ちているときは、虫刺されも黴菌が入るので油断大敵なんですよ!と教えていただきました。
ほんと気が緩んでる証拠ですよね。
気をつけねば!

残された時間

今日は久しぶりの休日でした。
ほんとに久々に予定なくて、DVDを借りてきたんです。
宮沢りえさん主演の「湯を沸かすほどの熱い愛」http://atsui-ai.com/
余命2か月の母親が、残してゆく家族のために時間を使っていくんです。
自分の体のきつさも、不安も歯がゆさも何もかも抱え込んで、自分がいなくなってしまった後の家族の道しるべを、ちゃんと作っていくんです。
やせ細るりえちゃんの好演は痛々しいほどですが、心に深く深く呼びかけてきます。
実は、私もがんの宣告時、手術を受けるとき、抗がん剤で身体がきついとき・・・
その時々に、考えることが、「自分の死後、子どもたちはどうなるか」ということでした。
もちろん、今でも眠れない夜には延々と考えてしまうテーマです。
まだまだ小さな末っ子。
思春期真っただ中の三女。
大学に慣れていない次女。
これから就活などもろもろの悩みが出てくるであろう長女。
本音を語ると、夫は子育てに協力的とは言えず、自分のことを最優先する人なので、子どもに寄り添ってくれるとは思えないんです。
夫には、子どものことは任せられません。
働いて稼いでいれば、父親の役割を果たしてると思っている人なので・・・
誰に託せるでもないこの思い。
私はまだ死ねません。

病院通い

今日、同じ職場の方と話をしているときに、不妊治療の話になりました。
その方は30代後半で、二年くらい不妊治療をされているそうです。
実は私も、20代半ばで不妊治療を二年間経験しました。
結婚5年目にして授かった長女は、治療を三か月だけ休憩していた時に私のもとにやってきてくれました。
特に悪いところもなく、治療方法もなくタイミング療法から始まり、体外受精まで進み、しばらく様子を見ていた矢先でした。
その方は、とうとう一回で70万かかる最高ランクの治療に入られるとか・・・
思い切った決断だと思います。
二回だけやってみて、それでもできなかったら、子どものいない生活も考えるんだそう。
夫婦二人の生活って、どんな感じだったっけ?と遠い昔になってしまった私だけれど、治療中のことは、病院に通う日々、待合の長い時間、願う日々、諦める日々、泣いた日々・・・
いろいろ思い出されます。
病とは違うかもしれないけれど、病院通いは心も体もそしてお財布にも負担がかかります。
こんな年になって、違う意味での負担がかかっていますが、どちらが辛いなんて比べようもないんですよね。
それぞれに・・・
先が見えないのが、一番怖くもあり不安でもあります。

恩返し

昨日は、形成の病院に行きました。
マッサージと一緒に、手術に向けての上半身写真撮影でした。
とても有名な先生のため、二年以上予約の取れないこの病院。
毎日午前中は手術が詰め込まれています。
昨日も、予約時間を過ぎても手術が終わっていなかったんです。
でも、夕方娘の家庭訪問が入っていて、これ以上遅れるわけにはいかない~ってとこまで待ちました。
出直すしかなくて、予約を取らないといけないんだけど、なかなか休みと空いてる日が合わなくて困っていました。
そこに、隣にお座りの女性から「交代しましょう」と提案いただき、遠慮なくお願いすることに・・・
救いの神のようでした。
病院って、具合の悪い方、体調のすぐれない方、どこかに病を抱えている方ばかりなところ。
それぞれに事情があるのはみな同じ。
そんなところで、他人に気づかいのできる方はそうそうおられません。
今回、私がしていただいたことを忘れることなく、私は別の誰かに恩返しができたらと・・・
きっとそれが、私の唯一の恩返しだと思います。

そうそう、今回写真撮影をしていただいた時の事・・・
左肩がものすごく張っていると・・・
明らかに体の傾きを感じるほど、左肩が持ち上がってるらしいんです。
自分でも気づかないし、誰にも言われたことがなかったので驚きました。
やはり、左側をかばって動いているから、変な体制になってしまっているんだとか・・・
まったく自覚がなかったので、気を付けないと!と考えさせられました。

恐怖心

全摘手術から早くも二年半が過ぎようとしています。
この間、大小さまざまですが、4回ほど手術をしています。
その都度、諸々の検査を受けたり、術前術後と足しげく病院通いが始まります。
抗がん剤を投与していたころと比べると、先生にお会いする回数も減って、負担も少なくなってきている今、新たに手術を受けることに抵抗が生まれている現実・・・
正直、摘出手術に比べたら、きっと大変ではないであろうことが、怖くて仕方ないんです。
「太ももの内側の皮膚を一部分使って~」なんて説明を受けるだけで、ぞわぞわします。
そもそも、その皮膚をはいだ部分が、しみそうで痛そうだな・・・なんて、しょうもないことを考えてしまいます。
これまでにはもっともっと痛いこともきついことも辛いことも体験してきたはずなのに・・・
こんなことなら、気持ちが張っているうちに、一気に済ませておけばよかった~なんて考えてしまう今日この頃です。

病人ではないけれど…

職場でも、子ども達の学校でも、元気に過ごせて見えるようで、ちょっと負担に感じる瞬間があるんですよね。
元気だったときは気にせずに引き受けたり、予定入れたりしていたんですが、ちょっと先のことを約束できない自分がいます。
簡単に物事を引き受けられない自分がいます。
決して、「無理だ」と決めつけたり、楽にやっていきたいと思っているわけではないんですが・・・
やはり、以前とすると体調にむらがあるし、無理を続けることが難しく感じるんですよね。
病人ではないというか、がん患者とは言えない中途半端な立ち位置かもしれないけれど・・・
やはり健康体ではありません。
私の中では、まだまだ「病人」なんですよね。
後遺症があるから・・・
それは、他人にはわかりづらい部分だと思うけれど、やはりきつくもあって・・・
そういうのを、「病人なんで」と掲げるつもりは毛頭ないから、言葉にもしないですけど、もう少し気づかいないかなあと思う瞬間も、正直あります。
私は病人ではないけれど、体調はいまいちなんですよ。
病人ではないけれど、無理はできなんですよ。
病人ではないけれど・・・

自毛

10日ほど前から、ウィッグを取っています。
ものすごく勇気がいりました。
一回とってしまったら、後戻りはできないと、覚悟を決めて・・・
何人もの人に「髪切ったんですね~」と驚かれました。
「春ですから」とちょっと引きつり顔で答える私・・・
毎朝、前髪だけは、ストパー用のアイロンを使っていますが、チリチリ状態は一向によくなりません。
でも、これが今の私。
開き直りも必要かもしれません。
病気の話をしてる方には、ウィッグを取ったと打ち明けてあります。
まだまだ、慣れないけれど、これが今の私。

異常なし

久しぶりの病院でした。
血液検査と触診と問診。
特に異常なしとのことで・・・
手のしびれや、首筋のリンパの部分が痛むことを伝え、生理が再開したこともお伝えしました。
よいことも悪いことも、不安なことも、もろもろ報告。
先生との間に、垣根はいりません。

抗がん剤の怖さ

抗がん剤の投与が終わって久しいのですが、未だに右手にしびれが残っています。
これが後遺症と呼ぶものかどうかは、先生にもわからないといわれました。
何かほかに原因があるのかもと・・・
しびれの症状は、私にしかわからないことで・・・
少々のことととらえられているような気がするのは、私だけでしょうか?
利き手のしびれって、大変なことだと思うんだけど・・・

他にもいまだに残っていおることはたくさんあります。
爪に残る黒い線。
手の平や甲に残る、そばかすのようなシミ。

髪のチリチリも、まだまだ先は見えません。

疲れやすかったり、ぼーっとしたり、忘れっぽかったり。
なんというか、鮮明さというかキレのようなものがなくなった気がします。
集中力のようなものも、よく途切れます。
そして、瞬発力も・・・
気のせいかもしれませんが・・・

これがすべて、抗がん剤のせいだとは言えないのかもしれないけれど、きっとそうなんじゃないかと思ってしまう私です。
病気のせいにしているわけではないんですが・・・
やはり、健常者とは違うんだな~と感じながら、日々を過ごしています。

でもね、変な話ですが、朗報も・・・
月のものが再開しました。
二年数か月ぶりに・・・
もうこのまま、終わってしまうかも~といわれていました。
できたら、再開してほしいと・・・
(閉経となると、更年期うんぬんとか、骨粗しょう症うんぬんとか・・・)
もう諦めかけていました。
だって、二年ですよ。
正直、なければないで、楽なんですよね。
このままでもいいかなあと思ってしまう私もいたんですよね。
でもね、ちょっとだけほっとしました。
私の体から、強い強い薬の影響が、少しだけほんの少しだけなくなったのかもしれないと・・・
もしかしたら、この右手のしびれも、回復するかもしれないと・・・
髪の縮れもなくなるかもしれないと・・・

ちょっとだけ、希望を持ってしまうんですよね。

マッサージ

前回、形成の先生に、もっと真剣に力を入れてマッサージをするように注意された私。
マッサージって、クリームを塗って、肌を柔らかく伸ばしていくんだと思っていたので、目から鱗でした。
もう少しがっつり揉むように!って言われた先生の力と言ったら・・・
妊娠中に、母乳が出るように、お乳を肋骨から剥がすように揉まないといけないんだけど・・・
あのくらいの揉み方でした。
お風呂にしっかり浸かって、じっくり時間をかけて、柔らかくなるように念入りにマッサージ。
今更ですが頑張ります。
次は褒めてもらえますように。

あの頃の私

末っ子の卒園を前に写真の提出がいくつかあって、普段は見ないような数年前のデータを開いてみたんです。
そしたらね・・・
末っ子が年少さんの時の写真を見て、当時の私を見つめてしまいました。
末っ子が生まれる前には、フラダンスを習っていた私・・・
背中まである長い髪を、出産と同時にセミロングにしました。
その後、結わえられるくらいの長さをずっとキープしていて・・・
手術を目前にショートカットにしたんです。
髪の長かったころの私。
遠い記憶です。
きっと、これから先、あんなに伸ばすことはないだろうなあ・・・
髪質がすっかり変わって、チュルチュルのままの前髪。
まだまだウィッグは外せません。

一年ぶり

左胸の食塩水から詰め替え手術を受け、春先に一度マッサージに行ったきりになっていた私・・・
予約の段階で、ドキドキでした。
マッサージを受けながら、ちょっと不安に思っていることをいくつか施術してくれている看護師さんに伺うと、ざっくばらんに説明してくださり、ちょっとだけ安心しました。
乳頭と乳輪を付ける手術を年末に受けるのですが、その後、パッグのように定期的に交換が必要なのかどうか・・・とか、乳頭乳輪を付けて後に普通に生活できるのかどうか・・・とかね。
実際、術後大きな問題がなければ、そのまま一生交換いらずで、中の詰め替え手術時も、その部分を避けて切開してくださるそうで・・・
乳頭部分を付けた後も、スポンジのような器具を付けるけれれど、一か月くらい固定が必要なくらいで、あとは、ブラトップみたいな締め付けない下着をしばらく着用するくらいでよいそうです。
押さえつけたりぶつけたりしないよう、気を付けないといけないみたいなんだけど・・・
まあ、それは今の状況でも一緒なんで・・・
なんというか、本当に乳頭乳輪ってつけないといけないのかな~って考えていたので、話せてよかったです。
やっぱ、まめに病院には足を運ばねば!と思い、三か月後に予約を取ってきました。

同志

先日のテレビ番組を見ていて、ちょっと涙が出ました。
夫婦愛に感動したのももちろんですが、私自身を振り返ってみて、あまりの立場の違いに・・・
もちろん、病状云々はそれぞれ違うのでそこには触れませんが・・・
闘病生活二年の間に、私は夫に疎まれたり恩を売られたりしました。
言葉は悪いかもしれないけれど、「こうなったら自分と別れられるはずがない」と言わんばかりにさげすまれている感があります。
夫の親兄弟にお見舞いの言葉をもらったこともありません。
遠方のため、もちろん見舞いもなく・・・
夫自身には「大変だろう」(夫が一人で子どもの面倒見たり会社を休んだりして)と言ってくるらしく、厄介なことになったと思っているふしがあります。
まあ、直接何かを言われたわけではありませんが・・・
でも、普通の家庭なら「大変だろう」という言葉は私自身に向けられるのではないかと思うんですが・・・
実際、夫も休みを取るのも、自分に負担が来るのも「してやっている」という気持ちが丸出しです。
がん保険が少しだけ下りてきましたが、そのタイミングで、家の修繕工事の見積もりをとったり(←結局は足りなくてやめたようですが)、ダイニングテーブルやソファーを購入して支払いに充てていました。
自分が支払ってきた保険なので、使い道はどうしようが勝手なんだそうです。
挙げればきりのない不可解な行動や言動。
入院中も、看病のために休みを取っても、荷物を持ってきただけで、自分の用事にフル活用だったのを思い出します。
私の母親に子どもたちを預けて、自分はテニスに出かけたり、マッサージに行ったりしていました。
さすがの母親も呆れていたくらいです。
夫のことをあれこれ言っても始まらないので、気にしないようにしていますが、この番組を見て、あまりにもひどい仕打ちを受けているんだなあと、改めて感じました。
病気になって信頼関係が増していく夫婦もいれば、私のように「絶対無理だ」と再確認する場合もあります。
私には、そういう意味での味方がいません。
診察に行くたびに、いくつか設問があります。
「不安や痛みを分かち合う人はいますか?」
「あなたの心の寄り添ってくれる人はいますか?」
という言葉に、私は「いいえ」と書きます。
「病状を一番に知らせてほしい人はいますか?」
という言葉に「母親だけです」と答えます。
私は、夫と同じ墓には絶対に入りたくありません。
私の葬式には、夫の家族に来てほしくありません。
5年健康でいられたら・・・
10年健康でいられたら・・・
何をしたいかと言われたら、真っ先に「離婚がしたいです」と胸を張って答えます。
支えてくれる人。
一緒に泣いてくれる人。
子どもたちを任せられる人。
将来共に過ごしたいと思う人。
夫はどれにも当てはまりません。
これを夫が聞いたら「病人が何言ってる」と鼻で笑われると思います。
夫の親兄弟も「何様か」と言い放つと思います。
私は、そういう人たちに囲まれています。

予約

実は一年以上ぶりに、やっと重い腰を上げて、Yクリニックの予約を取りました。
こちらは、とても有名な先生で予約が取りにくいうえに、午後からの診察なので、どう頑張っても、末っ子のお迎えに間に合わないんですよ。
なので、午後一の予約が取れないと、先に延ばしてしまうんです。
段々、そういう調整が面倒くさくなって、電話をかけるタイミングも…という状況でした。
次の手術までに一年を切ったので、さすがに診察しないとなあと、重い腰をあげました。
開口一番が「だいぶ先でないと空いていない」と言われ、心折れたんですが・・・
粘りに粘って、何とか予約にこぎつけました。
もっとしっかり診察してもらわないといけないんだけどなあ・・・

来年の話

子育てをしていると、明日や明後日の話でもなく、来週や来月の話でもなく、普通に”来年”の話になります。
来年の今頃の予定・・・
健康な時には、「大丈夫よ」って言えていたことが、たかだか来週のこともわからない状況が続きました。
いや・・・
明日のことも知れなかったな・・・
やっと落ち着いてきて、一か月先くらいは、なんとなく想像できる感じかな?という具合です。
が、しかし、やはり病人に変わりはなく、不安を背負って生きています。
「来年は大変?」と聞かれました。
「はい」と答えたいけれど、大変でないかもしれない。
頑張れるかもしれない。
ついつい、考えてしまう私です。
でも、やはり、来年の話は、まだできないなあ。

健康

CTの結果に異状はなく、二年目の検診は無事に終了しました。
転移がない。
その後の治療もなく、落ち着いている。
でも、健康ではない。
元気というわけでもない。
「その後どうですか?」と聞かれる。
「元気ですか?」と聞かれる。
答えようがなく「おかげさまで」と笑顔で対応する。
自分は”乳がん患者”でもあり、”病人”でもある。
それは、本調子でないことが多々あるので、いえることだけど・・・
決して人様に言ってどうなるものでもない。
「元気です」
「治ったんです」
そう言える日が来るのだろうか?

CT受けます

一年ぶりに、CTを受けるんです。
すっごくドキドキな私。
もう、回数をこなしてるので、慣れてきてもよいと思うんですが・・・
当日の朝、朝食食べないように気を付けよう!
うっかり食べそうで、こちらもドキドキです。
手術から二年。
何事もなく、笑顔で帰れますように。

過去日記

手術の頃の日記を読み返してみました。
痛みや不安、不自由なことやちょっとした怒りまで・・・
今では遠い日のようでもありますが、ことあるたびに昨日のことのように思い出したりもします。
痛みはなくなっても、大きな傷は残っていて・・・
左の胸は、自分のものではなくて・・・
きっとこれから先も、不自由は付きまとっていくわけで・・・
そんなこんなも、考えだしたらきりはないけれど、全部ひっくるめて「今の私」であることに変わりはないのだと、自分に言い聞かせています。

こころ

自分が乳がんかもしれない?という状況に置かれたときに、初めて手にしたのが「乳がんなんてやっつけろ」という三好綾さんの本でした。
とっても前向きで、どよーんとしていた心がちょっとだけ軽くなったのを覚えています。
それからも、いくつか本を読んでいますが、乳がんと一口に言えど、症状も治療法も千差万別・・・
なにが正解だとか間違っているとか、そういうのが全くなくて・・・
自分にぴったりなものが見つからずじまい。
きっと、その人なりの受け止め方があって、その人にとっての治療があって、痛み一つにしても、メンタル面にしても、家族の問題にしても、本当にそれぞれで・・・
しっくりくるものが見つからずじまいです。
著名な方のブログもいくつか読んでいますが、それもしかり。
やはり、読み手側の心情変化もあって、しっくりいかないときもあるもんです。
それはきっと、どんな病気も一緒ですよね。
先日、ある方と話をしていて、三番目のお子さんを妊娠しているけれども、経済面から堕胎を考えていると相談されました。
そういうのって、ご本人の問題だから、結局は他人がどうこう言えるものではないけれど・・・
私も三女の時にも末っ子の時にも、ちょっと迷った経験もあって・・・
でも、生まれてみると、それなりに何とかなるわけで・・・
いろいろあっても、やはり子どもの存在が何よりも救いなところもあるので、「じっくり考えてみて」としか言えなかったんだけど・・・
私は、生んでほしいなあと思ってしまったわけで。
でも、その時に思ったんだけど、私には経済面って「どうにかなるよ!」って思える問題でも、その人にとっては何よりも重たい問題なんだよなあって・・・
それは、どんなことにも言えるわけで・・・
人それぞれ、悩みはあって、その物事に重さも大きさも深さもなくて・・・
きっとその人にとっての悩みは、その人が抱えられるだけの”問題”がのしかかって来てるんじゃないかなあと思える今日この頃です。
て、ちょっと表現するのは難しいけれど・・・
きっと私には、乳がんという病気が訪れるべくしてやってきたのでは?と思う次第です。
まあ、答えはどこにもないけれど・・・

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